子育て専業主婦の日常

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日常生活で欲しいもの便利だと思ったもの、困った時の対処法を綴る

【悩める者たちへ】自分(アラフォー)の半生を振り返ってみた。人生の分岐点とは?

こんにちは、おとです!

 

わたしもあっという間にアラフォーになりましたが、

これまで何回か人生の分岐点がありました。

あーあの時こうしてたら違う人生だったかも…

なんてみんな一度は考えますよね。

そんなわたしの人生の分岐点をまとめてみました。

特に若者よ、よく読むべしっ!!

【悩める者たちへ】自分(アラフォー)の半生を振り返ってみた。人生の分岐点とは?

 

高校は普通科?商業科?

高校受験では学校を選ぶのにとても悩みました。

ぶっちゃけ成績は悪くなかったので(笑)

あらかたの高校は合格ラインでした。

となるとやはり将来の夢が決め手になる。

当時の私の夢は、

看護師、事務員、ぐらいしか浮かんでこなくて特になりたいものもなかった。

 

看護師➡️普通科➡️進学

事務員➡️商業科➡️就職

 

とりあえず、自分の考えをまとめてみた。

  • 今の学校の子達とは離れたい(イジメはなし)
  • プールが無い方がいい

 

となると商業科の高校に決まりになりましたが、

入学してから後悔…。

 

まず、

商業の科目に興味がない

   ↓  ↓

話すことが苦手なので電話対応も苦手

   ↓  ↓

なので将来事務員という選択肢は消えた

   ↓  ↓

ので高校は卒業できればいいという考え

   ↓  ↓

ので授業も適当

   ↓  ↓

だしPCを習う意味が分からない

   ↓  ↓

だから遅刻、早退、サボりが多い

 

成績は中の下でしたが、あらかた資格は取りました。

しかし内申はとても悪く、進路の先生には嫌われていて(いつも居眠りしてたから)、

放置されたので、

とりあえず普通にちーっちゃな町工場に就職しました。

 

この時わたしは社会に出たら、

どんな仕事があるのかまったく知らなかったし、

自分はどんな性格でどんな仕事が向いてるか知ろうともしなかった。

 

ちなみに進学する方も多かったです。

うちの親にも進学を強く勧められましたが、やりたいこともないのでどこの学校に進学すればいいのかも分からない状態だったのでわたしは就職にしました。

 

ただ進学する方は2年生の頃から放課後特別授業を受けてたのでもうすでに遅しって感じでした。(商業高校は普通科目が少ないため)

 

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転職が多い

高校卒業した後のちーっちゃな町工場はちょっと上司のモラハラが酷く、結局3ヶ月で辞めました

次もまた違う町工場に5年ほど働きましたが、ちょっと遠かったのでまた退職。

またまた次は近所の工事で5年ほど働いた頃に、昇進の話がっ!

(といってもそんなに大した役職ではないですが)

 

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昇進話は慎重に考えよう

当時は時給制でしかも子育て中だったため有給はほぼ使い切っていて、

それが査定に響き、後輩よりも安い給料で働いてる状況でしたが、特にお金に不自由はしてない感じだったので仕事を楽しんでやるのがとても好きでした。

なので昇進話が出た時は、

  • ほんとに私でいいの?
  • わたしにできるかな?
  • 今の好きな仕事内容はできなくなるの?

と不安だらけでしたが、

『やってみなくちゃ分からない』

『やらないで後悔よりやって後悔』

というわたしの座右の銘?が脳をかけめぐり(笑)

OKしました。

 

そこからが大変でした。

  • 慣れない仕事(事務作業が多く、好きじゃなかった)
  • 新築の打ち合わせ(震災で失くなったため)
  • 大家族で慣れない仮設住宅
  • 仮設住宅なのでプライベートなし

 

知らぬ間に妊娠➡️流産➡️救急車➡️一命を取り留める

になり、職場復帰したが体調が戻らず…。

 

体調が戻らない?

流産後2週間ほど入院して仕事復帰しましたが、体調がすぐ悪くなる。

  • 息が苦しくなる
  • めまいがする
  • じっとしてられない

などの症状で運転もままならない状態でした。

数週間休みをいただき心療内科に行き、不安障害と診断されましたが薬が体に合わず、結局放置でまた苦しむのエンドレス状態。

次第に心も病んできて、後輩や同僚に仕事の愚痴。

その時に気付いた。

後輩達に愚痴を言うようじゃ昇進はまず無理だし、もう終わりだと。

その結果、会社に迷惑もかかるし後輩達にもしめしがつかないと思い、また退職。

 

いろいろな病院に行き、

  • 全身、がん検診(PET検診)
  • 内科
  • 婦人科

調べたが、問題なし。

 

結局内科で処方された薬を6年ほど続けたが、一向に良くなる気配なし

 

数年後もう一度、心療内科へ

そのまま数年がたち、知り合いが似たような症状で心療内科に通っていると聞き、

今度は以前とは違う心療内科へ。

やはり不安障害と診断され、

前とは違う薬を処方さらたらなんとっ!

 

症状が無くなった?!

 

ただそれでもたまに症状が出てきますが、頓服の薬を飲めばあらかた大丈夫になりました。(普段の生活は)

ただ、遠出する時の運転はまだツラいのでいまはリハビリ中です。

 

今の生活は?

体調もだいぶ良くなってきたせいか、家族に仕事を勧められます。

理由としては、

  • 夫と母(実母)の給料じゃ足りない
  • 子供も少し大きくなった(12、6、4才)
  • 母(実母)ももう70才と高齢

 

でもわたしとしてはまだたまに具合が悪くなるので外に働きにでるのが怖い

なので今は必死に自宅でなんとか稼げないか模索中です。

やろうと思えば何歳からだってできることを証明してみたいのです。

 

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まとめ

こうまとめてみると分岐点はたくさんありましたね。

 

高校受験

将来の選択肢のことを考えず私的な理由で選んだのが原因

就職か進学か

将来を真剣に考えるのが遅すぎたのが原因

昇進の話

もう少し仕事の内容を聞いたり、自分の意見をハッキリ相談しなかった。

また少しうぬぼれて自分の力量を見誤ったのが原因

心療内科

心療内科に抵抗があったこと、

治らないと諦めて数年放置したのが原因

 

ただ、今さらの話ですけどね。

もう時間は戻りません。

正直ちょっと悔いは残ってますが、あまり後悔はしてません。

だってこの人生を歩んできたから今、夫や子供達と幸せに過ごせてるから。

 

なので自分の子供達にはなるべく選択肢を多くしてあげて、

真剣に考える力をつけてあげたい。

 

自分がこうだったからこうしなさい!

という意味ではなく、

ただ参考にしてほしい。

悩んでるなら相談してほしい。

ただそれだけで未来は変わるから。

 

では、最後まで読んでいただきありがとうございました!

 

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